長崎から帰ってきました。
教会は4つ巡ることができました。
たまたま長崎にいた2月5日は、二十六聖人の殉教日と重なり
記念ミサ(礼拝)にも参列することができました。
禁教令によるクリスチャンの迫害と弾圧
そして多くの殉教者の死。
これまで、残忍で悲しいこの出来事を
自分のなかでは 「暗くて重い過去」 だと解釈してきたのですが
実際長崎では 「明るくて前向きな歴史」 という空気が漂っていました。
殉教は 「自分の信仰の強さを表明するもの」 ではなく
「命をかけて神の愛を明らかにする行為」 だそうです。
これはキリスト教の基礎知識が無いとなかなか理解し難い思考なのですが、
ともかく当時の殉教者はどんな苦しい戒めにも
前向きに耐え、そして生き生きと亡くなっていったのです。
一粒の麦が地に落ちて死ななければそれは一つのまま
しかし、死ねば豊かな実を結ぶ
という聖書の言葉(ヨハネによる福音)があるのですが
一人の犠牲によって多くの人が救われるという意味です。
つまり、殉教者の死によって多くのクリスチャンはより一層信仰を強めたんだと思います。
「キリストの愛は永遠」 とか言ったりするんですが、
「死ねばおしまい」 という考え方ではないのです。
まぁ、説明するのがとても難しいのですが
今回の旅でキリスト教のことを少し深められた気がします。
殉教の歴史だけでなく
命からがら日本にやってきた宣教者たち
信仰を守るために僻地に移住し開墾しながら貧しい生活をした人々
すべての私財を投じて教会を建てた人々
司祭も教会も無くして250年(だいたい7世代くらい)信仰を守り続けた人々(信徒発見)
信仰を守るために独特な文化を作った隠れキリスタンたち
何が正しいとか
どの宗教がいいとか
私にはまだまだ分かりかねますが
あまりにもピュアで、一途なクリスチャンの勇姿に心洗われました。
写真:大浦天主堂
行った場所:大浦天主堂・大浦教会・中町教会・浦上天主堂・聖フィリッポ教会・日本二十六聖人記念館
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