昨日のブログ記事を書いてるときに思い出しました。
高校時代の国語の先生のことです。
可愛らしい女性の先生で、当時おそらく40代くらい。
その先生は普段からパッと明るいイメージよりしっとり落ち着いたタイプでしたが、
授業の最中、ふと不安定になる瞬間があったように思います。
国語の授業だから、教科書の文章をノートに清書しなさい
みたいな時間があり、皆黙々とノートにペンを走らせる時間があるわけです。
そんなとき、黒板の前に立つ先生の方をふと見上げると、窓の外をボーッと眺めていて
大丈夫かな・・・といらぬ心配をしたことが何度もありました。
ほかにも何気ない話をしているときにちょっと目が潤んでいたり。
たぶん私以外にも心配に思っていた生徒は他にもいたはずです。
ちょうど先生は旦那さんとの離婚の件でデリケートな時期ではあったわけですが
なんだか弱い大人の姿を、しかも先生という存在で目にしたのはとても新鮮でした。
「先生」 というと、どうも正しく立派なイメージがあって
ちょっと自分とは距離感があって、馴染みにくさがあって
というふうに思っていたわけですが、
なんだ、先生も悩んでるんや。
みたいな変な安心感があの時はありました。
最近よく思いますが、なるべく小さい頃からまわりにいろんな種類の大人がいた方が
人の成長のためにはいいな~なんて思います。
もちろん正しい姿ばかりじゃなく
反面教師にできるような人も必要だし
ひと癖ふた癖あった方がいいかもしれません。
滋賀に帰ってきて
住宅街に住んでいるのに、昼間はみんな仕事をしているのか
出歩いてもぜんぜん人の気配を感じません。
残念やなぁ。
なるべく人に会いに行こう。
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